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無知無恥大学生ヨシモトの備忘録

※内容はフィクションです。

草間彌生

 

 ポケモンは楽しいけど、技が外れる瞬間、あれだけは未だに許せない。小学生の頃から心の狭さは変わらないでおなじみ、ヨシモトです。

 

 最近、草間彌生展の車内広告をよく見かけますね。

 高校二年生の頃、授業で油画を描いていました。慣れない筆で、私がキャンパスにペタペタとやっている最中、美術の先生が「貴方は草間彌生とか好きそうよね」と、草間彌生の作品が載っている美術作品集を見せてくれました。

 私はその時、確かに、彼女のサイケデリックな色遣いに、魅了されました。しかし、今その感覚を思い出そうとしても、思い出せないのです。息を呑み、見つめた、あの感覚が、蘇ってこないのです。

 赤と白の水玉が、頭の中にはっきりと浮かび、弾けるでもなくじわじわと消えていくのは、ギュッと数秒瞼を閉じ、再び開けた時、光が僅かな痛みを伴って戻ってくる、それと似ている。あの感覚だけは、蘇ってくるというのに。

 

 草間彌生展、行こうかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高校生に戻りてぇ〜〜〜〜〜〜

マゾ

 

 例えばそれは、人からいただいた飲み物であったり。例えばそれは、イヤホンから聴こえる音楽であったり。

 体内に、自分ではない何かが流れ込む。快楽が私を襲う。

 異物が「入る」ことが気持ちいいのではない。「流れ込む」ことが、どうしようもなく、気持ちいいのだ。

 本には「入る」パターンと「流れ込む」パターンの二つが存在する。

 相容れないものは、私に「入って」くる。わかりよいものは、私に「流れ込んで」くる。

 

 身体の相性に似ているのだろうか。いや、違う。「入って」「流れ込む」この二つの動作が、一体になってしまうのは、私にとっては「違う」。

 マゾヒストは、「入る」感覚が好きなのだろうか。それとも、「流れ込む」感覚が好きなのだろうか。伴う異物感をも、快感に昇華してしまうとしたら、「マゾヒストになりたい」と思ってしまう。ここでいうマゾヒストとは、いわゆる俗なマゾというやつだ。

 

 とりあえず今は、本を読みたい。「入って」くる本はいらない。「流れ込んで」くる本をよこせ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たまには、フォーマットを崩してみたいのです。

ポケバンク解禁!!

 ポケバンク解禁に伴い、アカデミックな生活からますます遠ざかってしまいました、ヨシモトです。

 いや~~~~~~~~久々のブログ更新がこれですよ。冗談がキツマンですね。今回は本当にポケモンの話ばかりです。興味ない方は「こいつやっぱり限界大学生だなぁ」とか思っておいておくれやす。

 

 ポケバンク解禁に伴い、S1から環境が大きく変動しました。しかし、正確に言えば、「過去作の環境に戻った」といった印象。私はS1の期間あまり潜れなかったのですが、それでもわかります。なんやねん、と。結局旧ポケモンばっかか、と。

 でも、せっかく環境が変わるのなら、その変化に乗っかりたい気持ちもわかります。私はとりあえず、Hが20上がりはねやすめを授かったマンタインを育てました。いやあ、あの子は優秀ですね。Hに244振ることでH実数値191を実現(食べ残しを使うということを完全に失念しており、16n-1調整をしてしまいましたが)。

 おだやか@食べ残しでH244、B76、D172と努力値を振ることによって、食べ残し込みで無補正A252振りメガルカリオインファイト確3、無補正C4振りポリ2の十万確3というこのクレイジーっぷりよ。イメージとしては、ミロカロスと同じような使い方をすることができます。僕はミラーコートが遺伝技ということを忘れて一体育成し、ミラーコート搭載版でもう一体育てましたが、すぐにPTから外しました。

 

 というのも。いつも私はPTを「色のバランス」を基準に構築しているのですが、色の好みがコロコロ変わってしまうんですよ。私。今私の好きな色は紺とピンクなのですが、紺のポケモンが全然いないんですよ。マンタイン以外が、その基準、ハードルを越えてきてくれないのです。一体しか好きな色の基準を満たしてくれないのであれば、PTを本当に好きな色のポケモンだけで組むなんて無理ですよ!!!!!!!!畜生

 なので、普通に色のバランスに気を遣った、使いたいポケモン中心のPTを組んでみようと思います。緑色の(部分がある)ポケモンだけは使わない!というのが信条ですので、それだけは貫こうと思います。おそらく霰パ。こうご期待。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケモンだけして暮らしてぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

治外法権

 

 失踪したと思った? どうも、ヨシモトです。

 このブログのタイトル、「無知無恥大学生ヨシモトの備忘録」なんですよね。というわけで、普段考えていることを、メモしてみたり。

 

 普段の生活において、嘘をつくことは非難されます。知ったかぶりであったり、間違った知識の披露であったり、私利私欲のために嘘をつくことは、概して批判の対象になります。というか、なるように思えます。

 ですが、演劇(映画、ドラマ、etc...いわゆる「創作物」)において、それは否定されます。「舞台上にいる」という特殊な条件下に置かれている人間は、嘘をつくことが、客を騙すということが、むしろ是とされます。何故でしょうか?

 例えば、人を殺したとしましょう。批判されます、というか罪に問われます。ではそれが嘘だったとして。「人騒がせな!」と批判されます。では、演劇において人を殺したとしましょう。フィクション上の虚構だと分かっているからこそ、人々は楽しみます。仮に批判があるとして、それは内容や演技に対するものであり、嘘をついたという事実に対する批判はないでしょう。

 演劇という、治外法権。不思議不思議。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日常生活で、皆嘘ついてるのにねぇ。

 あ、ポケモン現役復帰しそうです。またレート2000行きたいナァ。

くちぐせ

 

 長い間放置してしまうと、逆にいつ再開すればいいかわからなくなることってありません? ありませんか、そうですか。どうもこんばんは、ヨシモトです。

 

 口癖、というのは恐ろしいものですよね。

 私はよく「口から生まれてきたような子」という表現をされてきました。ピッコロとでも名乗ればいいのでしょうか。脳味噌が何か指令を飛ばす前に、口が勝手に動き出す感覚。これは確かにあるんですよね。災いの元がべらべらべら。完全に「私」から独立しているような気がしてなりません。

 沈黙は金、雄弁は銀とはよく言ったもので、私は銀どまりの人生を送ってきました。何であれば、銀どころかメタリックカラーにすらなれないこともしばしば。

 

 相も変わらず話が右往左往するあたり、自分の本質が変わっていないことがよくわかります。そうだ口癖の話。

 私の口癖は、コロコロと変わります。六月ごろからは「承認欲求」というフレーズが大好きで使っていたのですが、ここ最近になって「おっぱい」「おちんちん」しか言えなくなってしまいました 。口癖の偏差値が六億くらい下がっていますね。

 ただ、「口癖」と言いながら、その悪癖が露呈する場は基本的にSNSでした。TwitterであったりLINEであったり。それがついに、現実世界の、私の口を蝕み始めたのです。

 非常に困っています……が、少し興味深い部分もありませんか?

 というのも、現実での口癖がSNSに反映されるならまだしも、SNSでの「手癖」が現実に反映されているのです。

 常々発話行為は、思考を文字におこすという行為に先んじるもの、と考えられているように思えるのですが、果たしてその認識は正しいのでしょうか。頭の中で思考を言語化し、それを口から発するか、それとも手から発するか。この二つに優劣なんてつけるのはおかしいのではないでしょうか……なんて。そもそも見せかけ上の優劣ですら存在していないでしょ、とか言われてしまった日には、何も言えないのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~おっぱいおっぱい。

AVとか価値判断のお話

日常生活

 

 どうも、今日サークルに6時間半入り浸っていたことが発覚し、ほんのり虚無感に苛まれているヨシモトです。

 

 突然ですが、皆さんはAVを見ますか?

 そうです、アダルトビデオ。アダルトビデオというのは不思議ですね。というのも、基本的に字幕がない。そりゃそうですよね、字幕に邪魔されて「大事なトコロ」が見えなかったら大変です。まあモザイクありますけど。

 ですが、これって考えてみれば不思議ですよね。映画のDVD版しかり、(テロップを含めば)テレビ番組のDVD版だって、字幕がついています。

 なのに、AVにはそれがない……自国で完結させるという思いの現れでしょうか?ビバ、地産地消(洋モノは除く)。

 と同時に、AVほど男性の理想を反映しているものはありません。それこそ最近では女性向けAVとやらも発売され始めたらしいですが、元はと言えば、男性が「抜く」ために作られたコンテンツです。そりゃ男性の思い描く男女のあり方が反映されるに決まってますわな。おっぱいおっぱい。

 

 つまり、国ごとに男性の「理想的」男女関係を把握するには、AVから紐解くのが一番なのではないでしょうか???????

 

 っていうお話。

 ともう一つ。これは完全に余談です。例えば、○○が××のことを悪く言っていた、という事実があったとします。そして、××が○○のことを悪く言っていた、という事実もあったとします。

 その場合、「どちらを信じるか」という話に発展させる必要はありません。事実は事実のまま、留めておけばいいのです。

二酸化炭素には温室効果がある

温室効果地球温暖化につながる

・だから二酸化炭素はなくなるべきである

 ここに論理的誤謬があるのは明らかでしょう。事実から「べき」という当為を判断するべきではありません。

 むやみやたらに価値判断、ダメ、絶対。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 AV見てえ…………

フリートーク

サークル

 ども。花粉症かと思ったらガッツリ風邪でした、ヨシモトです。

 

 私が所属しているサークルでは、フリートークを練習する活動があります。与えられたテーマに沿った内容で90秒話す。そして綺麗に話をまとめる。

 いつも私は、構成メモ用紙に起承転結それぞれについて一行くらいで軽いメモを残します。そしてその要素要素をアドリブで繋いでいく……というスタイルをとっていました。

 ですが先日、全く頭が働かず、アドリブがまったく出来ませんでした。

 

 「これやべえな」。率直に、そう感じました。何より、恥ずかしかった。「フリートーク」力を高めるためには、今までの方針で問題ないと思うのですが、サークルの活動である以上、安定感を求めるべきなのではないか(つまらない話を相手に聞かせるわけにはいかないので)。

 ではどのように改善していけばいいのか。

 「要素を繋げる」フリートークから、「要素を削ぎ落とす」フリートークにすればいいのではないか、というのが私の至った結論です。

 ただ、要素を「増やす」のではなく、要素を「膨らませる」べきなのではないかと。

 

 たとえば、

リンゴを食べたいと思った
だからリンゴを買った
でも落としちゃった!
リンゴ食べれませんでした〜

 

が起承転結だとすると、

 

リンゴ食べたいと思いました
ミカンも食べたいと思いました
リンゴ買いました
ミカン買いました
リンゴ落としました
ミカン落としませんでした
リンゴ食べれませんでした
ミカンおいしくなかった…

 

 極端な例だけど、これが起起承承転転結結。要素を「増や」したパターンです。

 こうではなく、

 

 私この前、リンゴ食べたいと思ったんですよ

っていうのも、好きな芸能人……小松菜奈!が、テレビでリンゴ好きだって言ってたんです!
だから私もリンゴ食べればその人に近づけるかなって……笑
それで、高級なリンゴを買ったんですよ!なんと一つ二万円!手痛い出費でした……
でも!なんとそのリンゴ落としちゃったんですよ!……まぁ、その原因も、テレビに出ていた小松菜奈に見とれていたからなんですけど笑
結局リンゴは食べられませんでしたが、そもそも好きな食べ物を寄せたところで近づけるわけありませんよね笑

 

 といった具合に、起承転結の各要素を「膨らませる」べきなのではないかと。それも、盛り込む内容を


・一つ二万円
・(挙げてないけど)好きな芸能人の名前
・なぜリンゴを食べたいと思ったか?

 

 とメモに書いておくべきだろう、と。

 

 何を当然のことを、と仰るかもしれませんが、今までアドリブで乗り切ってきた人間にしてみれば新鮮な気づき(というより反省?)でした。

 

 精進せねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ〜〜〜〜〜フリートークゲロウマになりて〜〜〜〜〜〜〜〜〜